理事長あいさつ

2020年

6月

11日

「学校給食再開」

                       公益財団法人徳島県学校給食会
                         理事長     多 田 耕 造

 令和2年度がスタートしました。皆さんの温かいご支援やご協力によって,本会はも公益財団法人として「安心安全な食材の提供」「安定供給」「食育教材の教材の開発と提供」等に力を入れて活動しております。

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理事長からのおすすめ情報

2020年

12月

04日

12月4日は「E.T.の日」

 食に関する記念日を見つけることができなかったので、夢のある記念日を紹介します。今日、12月4日は「E.T.の日」です。1982年(昭和57年)に映画「E.T.」が日本で公開されました。約30年前なんですね。皆さん、覚えていますか?名場面がいくつかありました。「E.T.」と子どもが人差し指の先をふれあって、心を交流する場面、よくまねをしました。自転車に乗って空を飛ぶ場面がありましたね。明るい満月をバックに飛んでいる自転車と子どもとE.T.の黒いシルエットは夢とロマンがあり、すてきでした。
 夢のある話を一つ。阿部知子博士の話です。品種改良には何十年もかかります。お米の品種である「コシヒカリ」を創り出すのに12年間かかりました。温州ミカンは自然界の突然変異でできたものですが、どのくらいの時間がかかっているかわかりません。新しい品種を阿部博士は、重イオンビームを使って3年で作ることができるそうです。今までに100以上の品種改良に成功しています。
 この夢のビームを当てて、ワカメやコンブが少しでも早く、大きく成長する品種を作ろうとしています。それは、震災の被害を受けた東北の養殖業者の人たちの支援をしたいという思いからです。夢の「重イオンビーム」で、豊かな東北の海が戻ってくる日も近いのではないでしょうか。
                                     参考資料「夢の扉」

2020年

12月

03日

1個100円の卵

   青森県のトキワ養鶏場の卵は、なんと1個100円もします。普通の卵の値段の5倍もするんです。「そんな卵だれが買うの?」と皆さんは思われるでしょう。ところが、その卵が飛ぶように売れるのです。
 卵の名前は「こめたま」と言います。この名前から想像がついた人もいると思います。ニワトリのえさにお米を与えているんです。普通は、えさとしてカロリーの高い飼料用コーン(アメリカなどの外国産)を与えているそうです。当然、脂っぽくなります。それに対してお米(飼料用)をえさとして与えると卵の味はあっさりして「和食みたいな味」がするそうです。
 それに、体にいいと言われているオレイン酸やリノレン酸の含有量がこの「こめたま」には多いそうです。ニワトリの世界も和食がいいのでしょうか。一度食べてみたいと思いませんか。
 それに、ニワトリのえさにどんどんお米(飼料用)が使われるようになれば、お米の消費量が上がり、農家の人も喜んでくれるのではないでしょうか。当然自給率も上がってきます。
                          参考資料「みやざき中央新聞」


2020年

12月

02日

12月2日は「日本人宇宙飛行記念日」

 12月2日は日本人として初めて宇宙飛行に成功した日です。1990年(平成2年)、秋山豊寛さん(TBSの記者)がソユーズTM11号に乗って初めて宇宙に飛び出しました。
 食べ物についての記念日が見つからなかったので、宇宙食について書くことにします。宇宙食はチューブに入った食べ物と思っていませんでしたか?、ところが最近はいろいろな宇宙食が開発されています。日本の和食や家庭料理も「宇宙日本食」として宇宙船の持ち込み、食べることができるようになってきました。次のようなものがあります。
・毛利衛宇宙飛行士    白飯、赤飯、レトルトカレー、梅干、ようかん、ほうじ茶
・向井千秋宇宙飛行士   たこ焼き、肉じゃが、菜の花ピリ辛あえ、五目炊き込みご飯
・土井隆雄宇宙飛行士   日の丸弁当、天ぷらソバ、焼き鳥、お好み焼き、カレーラーメン
・若田光一宇宙飛行士   草加せんべい、わかめの味噌汁 
 宇宙でも、宇宙飛行士の好きな日本食を食べることができるようになってきたんですね。

2020年

12月

01日

12月1日は「いのちの日」

  今日から12月です。食育に関係した内容で、「今日は何の日」をお届けしています。食育と命は密接に関係しているので、「いのちの日」について書くことにします。
 12月1日は「いのちの日」です。それを決めたのは厚生労働省です。2001年(平成13年)、当時の厚生省が自殺防止にかかわる普及活動として設定したものです。
 自殺を予防するための「世界自殺予防デー」もあります。9月10日です。こちらは、世界保健機関(WHO)の中の国際自殺予防学会が2003年(平成15年)に定めました。
 食べる方では、12月1日は「カレー南蛮の日」です。言い換えると「カレーうどんの日」です。カレーうどんが日本に広まって100年がたつそうです。それを記念して、「カレー南蛮の日」を決めたそうです。

2020年

11月

30日

11月30日は「本みりんの日」

 11月30日は「本みりんの日」です。11(いい)30(みりん)の語呂合わせで「みりんの日」にしたそうです。また、鍋物や煮物などで、これからみりんを多く使う季節になるので、この時期に記念日を設定したのかもしれません。
 「本みりん」は、甘み、うまみ、香り、テリやツヤ等を引き出す日本の伝統的な酒類調味料です。

2020年

11月

30日

いのちいただく 感動実話 その4 (最終回)

 物語の後半の部分ですが、要約してお伝えします。
 坂本さんは、小さな女の子と子牛の「みいちゃん」に出会います。この子牛は、産まれたときから女の子と一緒に育ってきました。女の子は、子牛のみいちゃんを大事に大事にしてきました。でも、女の子の家は、この子牛のみいちゃんを売らないとお正月が越せません。女の子は「みいちゃん、ごめんねぇ」「みいちゃん、ごめんねぇ」と子牛に語りかけます。
 この光景を見た坂本さんは、この子牛を殺せなくなりました。「明日は休もう」と思いました。そのことを自分の子どものしのぶ君に話しました。しのぶ君は「心のない人がしたら、牛が苦しむからお父さんがやるほうがいい」と言います。
 翌日、坂本さんは、重い気持ちで会社に出かけます。牛舎をのぞくとあの子牛みいちゃんがいます。坂本さんは、みいちゃんに話しかけます。
「みいちゃん、ごめんよう。みいちゃんが肉にならんとみんな困るけん。動いたら急所外して、くるしむけん。じっとしとけよ。じっとしとけよ」と語りかけます。みちゃんは、じっとしています。そして、大きな目から涙がこぼれ落ちました。坂本さんは、初めて牛が涙をこぼすのを見ました。
 次の日、女の子のおじいちゃんが、みいちゃんの肉を少し分けてもらいにきました。女の子はみいちゃんの肉を食べることができません。おじいちゃんは、女の子に言います。
「みいちゃんにありがとうと言うて、食べてやらな、みいちゃんがかわいそうだろう」と言いました。女の子は「みいちゃん、ありがとう。おいしかぁ、おいしかぁ」と言って泣きながら食べました。
 私たちは、たくさんの命を、毎日いただいています。たくさんの命によって生かされていると思うと、食べ物を粗末にはできないと思いました。この話に出てくる坂本さんやしのぶ君、おじいちゃん、女の子のひとつひとつの言葉や思いから大切なものを学んだように思います。
                                                                                                                                                       「いのちをいただく」より

2020年

11月

30日

和菓子の心

2020年

11月

29日

11月29日は「いい肉の日」

  11月29日は、語呂合わせで「いい肉の日」です。見た目にもおいしい肉料理を食べましょうという日です。特に高齢者は若い時に比べると基礎代謝が低下します。1日に摂取すべき総カロリーは年齢と共に減少しますが、必要なタンパク質やカルシウムの量は若い時と比べてもあまり差がありません。
 高齢者は低栄養にならないよう、バランスよく食事をしなければなりません。特にタンパク質を得られる肉はしっかり食べてほしいという願いが「いい肉の日」にあるのではないのでしょうか。

2020年

11月

29日

 いのちいただく 感動実話 その3

  坂本さんが家で新聞を読んでいると、
 しのぶ君が帰ってきました。
 「お父さんが仕事ばせんと、みんなが肉ばたべれんとやね」
 何で急に、そんなことを言い出すのだろう、と
 坂本さんが不思議に思って聞き返すと、
 しのぶ君は学校の帰り際、
 担任の先生に呼び止められて、
 こう言われたというのです。

 「坂本、何でお父さんの仕事ば、普通の肉屋て言うたとや?」
 「ばってん、カッコわるかもん。1回、見たことがあるばってん、
  血のいっぱいついてからカッコわるかもん」
 「坂本、おまえの父さんが仕事ばせんと、
 先生も、坂本も、校長先生も、会社の社長も、肉は食べれんとぞ。
 すごか仕事ぞ」
 しのぶ君はそこまで一気にしゃべり、
 最後に
 「お父さんの仕事はすごかとやね」
 と言いました。
 その言葉を聞いて、坂本さんは、もう少し、
  仕事を続けようかなと思いました。
                                                                                                    「いのちをいただく」の本より

2020年

11月

28日

11月28日は「ニワトリの日」

   毎月28日は「ニワトリの日」です。皆さんはお気づきだと思いますが、語呂合わせで28を「ニワ」と読んで、ニワトリの日になったそうです。
 ニワトリの卵は国内の自給率がほぼ100%です。また、価格の優等生と呼ばれ、ここ30年間ぐらい物価が上がっても、卵の価格はほとんど変化していません。私が小さいときは、卵料理は、病気や遠足の時ぐらいしか食べることができない高級品でした。1960年代、子どもの好きなもの、あこがれているものとして「巨人、大鵬、卵焼き」という言葉が流行しました。巨人は皆さんがよく知っている読売巨人軍です。大鵬は当時の相撲の横綱です。それに並ぶぐらい「卵焼き」の人気が高かたったのでしょう。
 それが、好きな時に、好きなだけ食べることができる時代になりました。今や国民1人当たり1日に1個卵を食べています。そんなに食べていないよと思われる方もいるのではないでしょうか。実は、プリンやお菓子、ケーキなどを通して卵を食べているんです。

 

2020年

11月

28日

いのちいただく 感動実話 その2

 坂本さんの子どもは、小学3年です。
 しのぶ君という男の子です。
 ある日、小学校から授業参観のお知らせがありました。
 これまでは、しのぶ君のお母さんが行っていたのですが、
 その日は用事があって、どうしても行けませんでした。
 そこで、坂本さんが授業参観に行くことになりました。

 いよいよ、参観日がやってきました。
 「しのぶは、ちゃんと手を挙げて発表できるやろうか」
 坂本さんは、期待と少しの心配を抱きながら
 小学校の門をくぐりました。

 授業参観は、社会科の「いろんな仕事」という授業でした。
 先生が子どもたち一人一人に
 「お父さん、お母さんの仕事を知っていますか?」
 「どんな仕事ですか?」と尋ねていました。
 しのぶ君の番になりました。
 
 坂本さんはしのぶ君に、自分の仕事について
 あまり話したことがありませんでした。
 何と答えるのだろうと不安に思っていると
 しのぶ君は、小さな声で言いました。
 「肉屋です。普通の肉屋です。」
 坂本さんは「そうかぁ」とつぶやきました。
                                                               「いのちを いただく」の本より


2020年

11月

27日

リンゴが教えてくれたこと

 奇跡のリンゴで有名な木村秋則さんのお話です。
 かつて日本には1000万人以上の農家がありました。しかし、今は260万人を切りました。また、耕作放置面積は、埼玉県と同じくらいの広さがあります。
 今、日本の農地は、弱り切っています。いい作物を作ろうとして使ってきた農薬や化学肥料が、本来元気な土の力を弱らせ、その弱った土が元気な作物を作れないという悪循環になっています。
 以前は木村さんが提唱した自然栽培は厳しい批判を受け、農家からはまったく相手にされませんでした。そこで、木村さんは、農家でない一般の人に家庭菜園づくりの指導を始めました。それは次第に実を結び、現在多くの方が自然栽培で家庭菜園を楽しんでおられるそうです。そして、ようやく全国各地で自然栽培を実践する農家の方が増え始めてきました。
 昨年は、日本で初めて自然栽培の桃が実り、出荷されました。桃は無肥料・無農薬栽培が難しいと言われてきた作物です。不可能と言われてきたことでも、努力次第で可能になることを、この桃が実証してくれました。「できない」ではなく「どうしたらできるか」をみんなで考える。そういう時代です。
 無肥料・無農薬で一生懸命に頑張っている農家を支えているのは、作物を買ってくれている消費者の皆さんです。お客さんがいるから、農家の人たちは頑張れるのです。
 TPP交渉参加で、日本の農業は大きな打撃を受けるかもしれません。しかし、作る側と買う側が手を取り合って協力していけば、この大きな壁を乗り越えられる、いや乗り越えて行かなければなりませんと、木村さんは言っています。
 今後、日本の農業が世界に誇れる農業に変わるために、自然栽培は必ず、大きな力を発揮してくれます。そして、食を通して、日本という国を世界にアピールしたいと木村さんは語っています。
                           「みやざき中央新聞」より

2020年

11月

27日

11月27日は「ツナの日」

   11月に限らず、毎月27日は「ツナの日」です。語呂合わせで、2が(ツ)、7が(ナ)からきたようです。「ツナ」と言えば、マグロですね。ツナは英語からきているようです。英語の辞書を引くと、tunaで、マグロの意味です。ツナという言葉がよく使われるのは、缶詰です。ツナ缶と呼ばれていますが、一般的には「シーチキン」(はごろもフーズの登録商標)の方がよく知られているかもしれません。

2020年

11月

27日

いのちいただく 感動実話 その1

 福岡県の助産婦・子育てアドバイザーの内田美智子先生の本「いのちをいただく」に書かれていることを紹介します。私は、内田美智子先生に何回かお会いし、講演にも来ていただきました。内田先生は、自分の体験を通して、命の大切さを教えてくれます。
 忘れられない次のようなお話があります。
 お母さんは、赤ちゃんが生まれてくるのを楽しみにしていました。ところが・・・死産だったのです。お母さんはお医者さんに「一晩だけ赤ちゃんをだっこさせてください」と頼みました。
 その夜、看護師がお母さんと赤ちゃんのいる部屋をのぞいてみると・・・。母乳を吸えなくなった赤ちゃんに、お母さんは乳を指につけて飲ましているのです。そして、やさしく赤ちゃんに語りかけています。生きたくても生きられなかった命があります。だからこそ命を大切にしてほしいと、内田先生は私たちの心に語りかけます。
 
 それでは、食肉加工センターではたらく坂本さんが出会った牛のみいちゃんと一人の女の子の感動の実話を何回かに分けてお伝えします。
 
 「いのちをいただく その1」
 
 坂本さんは、食肉加工センターに勤めています。
 牛を殺して、お肉にする仕事です。
 坂本さんは、この仕事がずっといやでした。
 牛を殺す人がいなければ、牛の肉はだれも食べれません。
 だから、大切な仕事だということは分かっています。
 でも、殺される牛と目が合うたびに仕事がいやになるのです。
 「いつかやめよう、いつかやめよう」と思いながら仕事をしていました。
                                                                                                                                            「いのちをいただく」の本より


2020年

11月

26日

11月26日は「いいプルーンの日」

   毎月26日は、「プルーンの日」です。11月なので、「いいプルーンの日」どそうです。プルーンは英語名で、日本語名は「すもも」です。「西洋のすもも」をプルーンと呼ぶようです。プルーンはミネラルやビタミンをバランスよく含んでおり、古くから薬効のある果実として珍重されてきました。プルーンの主な栄養成分は葉酸とカリウムです。注目すべき成分は,アントシアニンとソルビトールです。アントシアニンは眼精疲労の回復に、ソルビトールは腸のぜん動運動に効果があり、食物繊維も多く含まれているので、便秘解消にも効果があります。貧血の人や妊娠している女性には吸収しやすい鉄分が多くあります。また、ナトリウムを排出するカリウムも含まれているので高血圧の人にも効果があります。乾燥プルーンは、生のプルーンより栄養価がぐんとアップします。なんとビタミンAは約18倍、カルシウムは約12倍になります。不思議ですね。

2020年

11月

25日

11月24日は「鰹節(かつおぶし)の日」

   11月24日は「いいふし」の語呂合わせで「鰹節(かつおぶし)の日」です。
 鰹節の技術が確立したのは室町時代です。ところが当時は、まだ今のように日持ちがするものではなかったようです。保存がきくようになったのは江戸時代です。紀州の角屋甚太郎という人が鰹をいぶして燻製(くんせい)する方法を考え出しました。続いて、同じ紀州の土佐与一という人がカツオの表面にカビを付ける方法を見つけ出しました。このことによって、表面を保護し、かなりの長期間保存ができるようになりました。
 土佐与一がこの技術を積極的に広めたので、全国に鰹節の技術が普及しました。しかし、紀州藩からは紀州独自の技術を漏らしたとして、土佐与一は追放処分になります。
 良質の保存食品となった鰹節は、「鰹」が「勝つ魚」に、「節」が「武士」に発音が似ていることから、江戸時代には武家同士の贈り物の定番となりました。
 あるとき、鰹が不漁で、鰹節が必要な数だけ確保できませんでした。大変困ってしまいましたが、ある1軒の商店が、「鰹節引換券」というものを考え出しました。いつでも好きなときに鰹節と引き替えることができるのです。その引換券のおかげで急場をしのぐことができました。
 引換券は「重いものを持ち歩かなくてもよい」「好きなときに商品にかえられる」という思わぬ効果がありました。そのため、この「鰹節引換券」を購入する人が増え、その後、今の「商品券」へと姿を変えていったそうです。商品券のルーツは「鰹節引換券」だったのです。

2020年

11月

25日

11月25日は「プリンの日」

    皆さんが好きなプリン。11月だけに限らず、毎月25日は「プリンの日」だそうです。なぜ、25日がプリンの日なのでしょうか。「多くの方にプリンを食べて笑顔になってもらいたい」という思いから「にっこり=25」の語呂合わせから生まれたようです。
 プリンは、身近なデザートとして小さなお子さんからご高齢の方まで幅広く親しまれています。皆さんはどんなプリンがお好きですか。

2020年

11月

25日

命を育む「おむすびとスープ」

 1年ほど前の徳島新聞の「日曜コラム」にいい話が載っていたので紹介します。
 佐藤初女(はつめ)さん(92歳)は、青森県弘前市の岩木山のふもとで、悩みや苦しみを抱えた人たちを受け入れる山荘「森のイスキア」を運営しています。心を込めて握ったおむすびで人々をもてなし、悩みに耳を傾けます。
 佐藤さんは、米のいのちを生かすように、やさしく丁寧に洗います。自家製の梅干しを入れ、たなごころでふんわりと握ります。のりでくるんだふっくらとしたおむすび。どの人も食べている内に心を開いていきます。
「食材のひとつひとつには、かけがえのない『いのち』が宿っています。食べることは、その食材のいのちをいただいていることです。」佐藤さんは著書の中で思いを語っています。「食はいのち、食材もまたいのち。だからこそ、食は生活の基本なんです。食べ物を大事にする人は、人も大事にします。」
 1個、1個、おむすびを握るたびに、佐藤さんは「食の命」を感じるそうです。
 次は、辰巳芳子さん(88歳)の「いのちのスープ」の話です。辰巳さんは、脳梗塞で倒れたお父さんのために、お母さんと一緒に、工夫を凝らしたスープを作り続けました。お父さんは、食べ物がのどを通りにくくなり、辰巳さんのスープがお父さんの命を最後まで支えました。「父へのスープ」というコラムに、辰巳さんは次のようなことを書いています。「父はひと口飲むと、大きなため息をつき、なんともいえぬ笑顔で私を見つめてくれました。」「スープがすごいと思うのは、つくって差し上げる相手のいのちだけでなく、つくる人自身もささえる、ということです。」「毎日の料理っていうのは、愛の表現そのものだと思います。」
                                                                                                                                                  徳島新聞「日曜コラム」より

2020年

11月

24日

給食は生徒指導の大切な場 その3 (最終回)

 尾木直樹さんのお話の続きです。
 この前は、おかわりは早い者勝ち、好き勝手に食べて教室から出て行く。そんな給食の時間を紹介しました。それとは、対照的な教室を紹介します。
 4時間目の終わりのチャイムと同時に、机を向かい合わせにして、班をつくります。給食係は完全に身支度をして、きちんと並んで給食を取りに行きます。配膳にかかった時間はわずか8分です。
 特徴は、おかわりの風景です。「カレーをおかわりしたい人?」と最初におかわりに来た人が声をかけます。8人いたら、8分の1だけ、ついでいきます。どんなに遅い子も安心してゆっくりと食べて、おかわりをすることができます。早い者勝ちではありません。担任の先生は、こうした心遣いを「給食民主主義」と呼んでとても大切にしています。
 このような雰囲気の中では、女の子も恥ずかしがらず、おかわりをするようになります。どの班も楽しい会話がはずんでいます。「ごちそうさま!」の後の後片付けの早いこと。班ごとに全員が協力し合って片付けます。給食係はとても楽です。
 このように、給食の時間を通して、安心と信頼を共有し、「自由・平等・公平」の精神を学んでいきます。
 ポイント1 給食風景は学級の人間関係を映す鏡。楽しい給食は学校生活の要
 ポイント2 おかわりの自由と平等こそ、安心と信頼の人間関係のバロメーター
 
                     「学校を元気にする50のルール」より 


2020年

11月

23日

11月23日は「新嘗祭(にいなめさい)の日」

 新嘗祭(にいなめさい)は、新穀の収穫を神様に感謝するお祭りのことです。「新嘗」とは、その年にとれた新しい穀物を食することをいいます。
 新嘗祭は昔からあるとても大切な儀式でした。天皇陛下がその年にとれた新しい穀物を神様にお供えし、農作物の収穫に感謝するとともに、自らも初めて召し上がる祭典です。
 また、この日は、全国の農村や漁村で、新しくとれた穀物を神社にお供えし、その年の収穫を神様に感謝し、お祝いをしてきました。
 11月23日は、戦前は、収穫に感謝し、喜び合う新嘗祭という全国民的な祭典でした。戦後は「勤労感謝の日」にかわりました。「勤労感謝の日」をお祝いするとともに、私たちの祖先がずっと大切にしてきた新嘗祭の精神である「新しくとれた穀物への感謝の気持ち」も大切にしていきたいと思いました。

 

2020年

11月

23日

給食は生徒指導の大切な場 その2

   前回の続きです。給食の時間が乱れてくると・・・。どうなるか具体的な事例をあげてみましょう。
 6年生のあるクラスです。H君たちは、給食の準備を「使いぱしり」のC君にやらせています。騒然とした中で、ようやく日直が「いただきまーす」と言いますが、とっくに食べ始めているH君たちはカレーのおかわりをしようとしています。山盛りにして、得意げに席に戻ります。
 そして、遊び場を確保しようとして、ごちそうさまの合図の前にすでにH君たちは、運動場へ飛び出して行きます。後片付けは、担任の教師と2~3人の子どもたちでやっています。
 これでは、給食は「食べ物を胃袋に満たす時間」以外の何ものでもありません。
 このクラスと対照的なクラスの給食の様子を次回紹介します。
                                                                                                                                    「学校を元気にする50のルール」



2020年

11月

22日

11月22日は「回転寿司の日」

  皆さんもよく知っている回転寿司、その記念日が11月22日です。
 回転寿司は、工場のベルトコンベアをヒントに生まれました。庶民向けの「立ち食い寿司屋」を営んでいた元禄産業の白石社長は、昭和28年にアサヒビールの工場を見学していたとき、アイデアが浮かんだそうです。ビールがベルトコンベアの上に乗って流れているのを見て、寿司がお客さんの前を流れたらと思ったのです。 
 コンベアの材料はさびないステンレスを使用し、三日月型の板を組み合わせてカーブを克服し、4年がかりで作り上げたそうです。これを使った「元禄寿司」の1号店が昭和33年に,近鉄布施駅北にオープンしました。
 このシステムが広く知られるようになったのは、昭和45年の大阪万博で元禄寿司がこのシステムを紹介したためです。万博に来た人は,このシステムに驚き、まねをする人があらわれてきました。その後、石川県に本部をおく石野製作所が「くるくる寿司」を広めると共に、寿司のコンベアを積極的に販売を始め、全国に広がりました。
 回転寿司の1皿100円という安さが、寿司を身近なものにし、気軽に寿司を食べることができるようになったのではないでしょうか。

2020年

11月

22日

新給食は生徒指導の大切な場 その1

   尾木ママで有名な尾木直樹さんのお話です。「学校を元気にする50のルール」という本の中で給食について語っているページがあるので、何回かに分けてお話をしたいと思います。
 教室の給食風景を見れば、その学級のすべてが分かると言っても過言ではありません。給食の配膳から後片付けまでの子どもたちの動作や表情など一連の流れを観察するとよく分かります。給食のひとときが、単に食べるための食事時間にすぎないのか、気持ちよく創意あふれる規律が機能している、文化としての食事になっているか、判断することができます。
 たとえば、学級崩壊している学級では、給食風景はきわめて乱雑で、野蛮でさえあります。給食係の服装もバラバラで、帽子やマスクをきちんとしている子はごくわずかです。配線にもずいぶん時間がかかっています。「もっと入れろよ」という大きな声が聞こえてきます。いじめられている子の席は他の子どもの席から大きく離れています。
 次回は具体的な事例をあげながら話の続きをしたいと思います。

                     「学校を元気にする50のルール」より

2020年

11月

21日

11月21日は「フライドチキンの日」

   皆さん、今日は、フライドチキンの日です。日本のケンタッキーフライドチキンの第1号がオープンしたのが、1970年(昭和45年)の11月21日です。場所は、名古屋です。この日を記念して、フライドチキンの日としました。
 ケンタッキ・ーフライド・チキン(KFC)と言えば、あの白いひげのカーネル・サンダースを思い出しますね。創始者であるカーネル・サンダースが、「日本ケンタッキーフライドチキンが一番おいしい」と言ったそうです。
  では、カーネル・サンダースについて、少しお話をしたいと思います。
 彼は、レストランを国道沿いで経営していました。とてもおいしい料理を食べさせてくれる店として繁盛しました。ところが、近くに新しくハイウエイができて、お客さんが来なくなりました。そうなると、経営が苦しくなってきます。そして、65歳の時、倒産してしまうのです。財産のほとんどを失なってしましました。
 若くもないし、普通はこれで終わりだと思ってしまいます。ところが、彼は違ったのです。「そうだ、店で一番人気のフライド・チキンを売りに行こう」と考えたのです。彼は、車に圧力釜と独自のスパイスを積んで、レストランを訪ねては、「このフライド・チキンをお宅の店で売ってください」とお願いしたのです。皆さん、65歳を過ぎた老人が、それも見知らぬ老人が売りに来たフライド・チキンをお店の人が買うと思いますか?見向きもしてくれませんでした。
 普通はこれであきらめます。ところが彼は、車で寝泊まりをしながら、自分のフライド・チキンの味を信じ、あきらめずにフライド・チキンを売り続けたのです。訪問したレストランの数は1000を超えたそうです。
 それから15年、彼が90歳になったときには、ケンタッキーフライドチキンは世界48カ国に6000の店で売られるようになったのです。
 町でカーネル・サンダースの人形を見たとき、「この人は65歳のとき、どん底の生活からスタートし、最後まであきらめず、自分が開発したケンタッキーフライドチキンを味を信じ、世界中に広めた人なんだ」と思い出してください。

 

2020年

11月

21日

植物本来の力を引き出す 自然栽培 その2 新しいブログを書く

   作物が育ちやすい環境を整えること、そのことが植物が本来持っている力を最大に引き出すことにつながっていきます。そのお手伝いをするのが、木村秋則さんが提唱する無肥料・無農薬の「自然栽培」です。
 「自然栽培」と有機肥料を使う有機栽培とは違います。有機栽培は、肥料の代わりに堆肥を使い、一部の農薬も使います。
 一方、「自然栽培」は目と手を農薬や肥料の代わりにして、自然の生態を生かすように工夫し、作物を栽培します。また、「自然栽培」は、畑にほとんど手を入れず、放置する自然農法とも違います。
 赤ちゃんが泣いたら、皆さんは放っておかないでしょう。お腹が空いたのか、おむつを替えてほしいのか、泣き声一つで察知して面倒をみているはずです。
 自然栽培も同じです。その植物が何をしてほしいのか。植物になった気持ちで考え、面倒をみます。木村さんは、いつも「もし、自分がリンゴだったら・・」とか「トマトだったら・・」と考えながら作業をしています。その植物が育ちやすい環境を整え、植物のお手伝いをするのが農家の仕事だと思っています。だから、木村さんは、自分のことを「リンゴのお手伝い業です」と言っているそうです。
 なるほどと、思いました。子どもを育て、教育するときの大きなヒントを与えてもらった、そんな気持ちになりました。
                          「みやざき中央新聞」より


2020年

11月

20日

11月20日は「ピザの日」

 今日は、皆さんの大好きな「ピザの日」です。
19世紀にイタリアを統一したサヴォイ家の王妃マルゲリータは、1889年にナポリを訪れました。その記念に当時の有名なピザ職人がピザを献上しました。イタリアの国旗の色(赤のトマト・緑のバジル・白のモッツァレラチーズ)を取り入れたピザを王妃は大変気に入りました。それで、王妃の誕生日である11月20日が「ピザの日」になりました。ピザの名前を見てみると「マルゲリータ」と書かれているのがあります。王妃の名前からきています。
 日本に最初にピザがやってきたのは昭和30年頃です。若者の間で、おしゃれな食べ物として注目をされました。一般の人には東京オリンピックのころ知られるようになり、昭和40年代には、子どもから大人まで知っているおいしい食べ物となりました。そして、昭和60年代に入ると、宅配ピザが登場して、ブームとなり現在にいたっています。気軽に食べることができるおいしい食事として人気が高く、パーティにもよく登場します。

2020年

11月

20日

植物本来の力を引き出す 自然栽培 その1

    奇跡のリンゴで有名になった木村秋則さんの話です。
 「今、日本人の2人に1人が何らかのアレルギーを持っている」と厚生労働省は発表しました。また、日本人の死因の第1位は、昭和30年代までは心臓疾患でしたが、現在はガンがトップです。これには、いろいろな原因があると思うのですが、木村さんは食生活が一番大きく影響していると言っています。
 それは、あるデーターによると面積あたりの農薬使用量は、海外諸国を抜いて日本が1位だそうです。また、日本は、世界一の添加物使用国でもあります。木村さんは「ぜひとも今、食の安全について考え、食生活を見直してもらいたい。」と言われています。
 木村さんが、この話をすると「農薬を使わなくなったら、農作物がとれなくなって、日本中が餓死してしまうんじゃないか」と言われます。でも、実際には、農薬や肥料を長年使っていたせいで土が痩せ、病気が出たり、収穫量が減ったりする問題が、今農業の現場で起こってるそうです。
 「土」本来の力を引き出し、植物の力をうまく利用すれば、どんな植物でも十分な収穫量を上げることができると木村さんは言っています。
 たとえば、トマトを肥料なしで育てようと思ったら、まず大豆を植えます。大豆の根は、土の中の窒素分を増やすので、栄養たっぷりの土ができます。また、トマトの苗を寝かせて植えると、茎から丈夫な根がどんどん出て、十数メートルも横に伸びていきます。そして、1本のトマトの苗から無肥料、無農薬で、驚くほどのトマトが収穫できるそうです。
 植物が育ちやすい環境を整えること、それがすべてなのです。
 この話は、教育の中でも言えることではないでしょうか。植物を子どもに置き換えて考えてみると、教育のあるべき姿が見えてくるように思いました。
 さて、次回は木村さんが提唱している「自然農法」についてお話しします。
                                                                                                                                                        「みやざき中央新聞」より

2020年

11月

19日

11月19日は「小林一茶の命日」

    11月19日は小林一茶の命日です。一茶が亡くなったのは1827年の今日でした。毎年、一茶の法要が長野県信濃町にある菩提寺の明恵寺で営まれています。法要の時には、句会と新そば会が行われています。
 「新そば」とは、8月のはじめに種をまき,10月中旬ごろに収穫される「秋そば」のことです。種まきから実がなるまで75日間かかります。
 「夏そば」もありますが、これは6月のはじめに種をまき、9月上旬に収穫されるものを言います。
                                                                                                                            参考資料「食の366日 話題事典」より

2020年

11月

19日

生きることは食べること、日本の食と農業を守りたい その6(最終回)

   木村社長は、何回もの危機を乗り越えて現在の「モクモク手作りファーム」を創り上げてきました。「商品より考え方を売っている」といつも言っています。それは、次のような理由があるからです。
 「会員になるとギフト商品が10%オフになるだけでなく、一緒に田植えをしたり、運動会やクリスマス会を行っています。そういう交流を通して、モクモクの考え方を理解してもらい、共感していただく。そうすると応援してくれ、リピーターになってくれるからです。」
 食育の一環として次のようなこともしています。
「ソーセージづくりをするとき、工場長がブタ1頭を持ってきます。、解体して、『これがロースで、これがヒレ』と部位の説明をします。最後はソーセージをつくって食べるわけですが、私たちが生きていくことは食べることです、食べることは、このブタの命をいただいていることだと言うことを皆さんにお伝えします。ブタは人間に食べられるために生まれてきたのではありません。でも、その命をいただいているのだから、残さないで食ましょうと言うと、子どもだけでなく、大人もしっかり聞いてくれます。」
 また、木村社長は次のことも熱く語っています。
「これからは食育に力を入れていきます。それでないと日本の農業を守れないんじゃないかと考えています。私は、農業は夢とロマンのあるすばらしい仕事だと思って、このモクモクに人生を懸けました。農業は人々の健康を守りる生命産業であり、日本の美しい環境をを守る環境産業だと思っています。」
 農業は、一時は衰退するだけの産業だと思われていましたが、木村社長と吉田専務は、この既成概念を打ち破りたいという夢を今も追いかけています。
                                                                                                                                                                        「致知」より

2020年

11月

18日

11月18日は「米の緊急輸入した日」

   1993年(平成5年)の11月18日は、米の大凶作で緊急輸入することになり、横浜港に第一便が入港した日です。到着したのは、タイ米で7千トンでした。外国産の米が日本に輸入されるのは9年ぶりで、最終的に、平成8年までに総計254万5千トンの米が中国、タイ、アメリカ、オーストラリアの4カ国から輸入されました。
 また、1970年(昭和45年)の今日、味の素が「ほんだし(カツオ風味)」を販売しました。「ほんだし」が産まれて、40年以上がたつんですね。

                    参考資料「食の366日話題事典」より

2020年

11月

18日

生きることは食べること、日本の食と農業を守りたい その5

 農協からの7000万円の借金も返せず、木村社長と吉田専務は途方に暮れてしまいます。倒産の危機です。俺たちは、志は高かったけれど、人生間違ったかなと考え込んでしまいます。
 そんなとき、地元の幼稚園のPTAから「自分たちでソーセージを作りたいんだけど」という電話がありました。そこで、実際にソーセージづくりをやってみると、ものすごい反響を呼びました。キャーキャー言いながら自分の手でブタ肉に味をつけて、練って、羊の腸に詰めて、完成したら拍手喝采。そして、木村社長のところにやってきて「社長、今日は本当に来てよかった。ハムも買って帰りたい」とか「名前と住所を書いておくから、ギフトのパンフレットができたら送ってほしい」と言ってきたのです。要するに体験というニーズを掘り起こしたのです。光が見えてきました。
 ブタ肉とソーセージ、そして新鮮な野菜でバーベキューもするようになりました。野菜の直売所もできました。会員制度をつくり、顧客の組織化にも取り組みました。経営が軌道に乗り始めました。
 そんなとき、またまた危機におちいります。売り上げが伸びないときは協力してくれた農家の人たちが、売り上げが伸び始めると、いろいろなことを言い出したのです。最後には株主総会で、クーデターが起こりました。それを乗り越えたとき、モクモク事業の本当の目的が見えてきました。それをモクモクの7つのテーゼとしてまとめました。クーデターのおかげで目的がはっきりしたのです。
「モクモクの7つのテーゼ」
1 モクモクは、農業振興を通じて地域の活性化につながる事業をします。
2 モクモクは、地域の自然と農村文化を守り育てる担い手になります。
3 モクモクは、自然環境を守るために環境問題に積極的に取り組みます。
4 モクモクは、おいしさと安心の両立をテーマにしたモノづくりを行います。
5 モクモクは、「知る」「考える」ことを消費者とともに学び、感動を共感する事業を行います。
6 モクモクは、心の豊かさを大切にし、笑顔が絶えない活気ある職場環境をつくります。
7 モクモクは、協同的精神を最優先し、法令や民主的ルールに基づいた事業運営を行います。
 モクモクは、商品でなく、モクモクの考えを売っているのです。
 次回は最終回です。木村社長の考えている食育や今後の農家のあり方等について、書いてみたいと思います。
                                                                                                                                                                       「致  知」より

2020年

11月

17日

11月16日は「不二家が創業した日」

 不二家の名の由来は藤井の姓と日本一の山・富士山からの連想で「二つとない1910年(明治43年)の11月16日、藤井林右衛門は、横浜中区元町2丁目に、不二家洋菓子舗(現:不二家)を創業し、コーヒー、紅茶、デコレーションケーキ、シュークリームを3銭均一で販売しました。今のお金で300円ぐらいです。
家」から命名したと言われています。
                                                                                                                             参考資料「食の366日話題事典」より

2020年

11月

17日

11月17日「ドライミルクを製造を開始した日」

   1920年(大正9年)の11月7日に、森永製菓は、ドライミルクの製造を開始しました。そして、翌年の1月1日から販売を始めたのです。森永製菓は、製菓用原料の自給や育児用輸入粉乳の増加に対抗するため、アメリカ製の円筒式乾燥機を購入し、本格的に製造を始めました。
 また、1973年(昭和48年)の今日、日本ハムは、プロ野球球団を買い取り、日本ハム球団が誕生しました。翌年の1月にニックネームを募集し、その結果、「日本ハムファイターズ」となりました。
                                                                                                                              参考資料「食の366日話題事典」より

2020年

11月

17日

生きることは食べること、日本の食と農業を守りたい その4

 「伊賀豚」のブランドで大手スーパーに売り込みを開始しました。毎週土曜日にスーパーに立って試食販売をしてたときに、衝撃的な場面に出合ったのです。時はバブルの真っ最中、桐の箱に入った「手作りハム」が1万円でどんどん売れているのです。原価は10分の1、加工品になると付加価値がつくことを知りました。
 自分たちは、一生懸命おいしく安全なブタ肉を作っても、原料で売っている限り、利益がない。そこで気づきました。たとえば、大手ハムメーカーは球団を持つまで成長しています。小売業もメーカーも成長するけれど、衰退するのは農業だけ。木村社長と吉田専務は、農家の人たちに言ったのです。「これからの時代は自分たちで作って、自分たちで加工して、自分たちで売る。それしか生き残れない。」と。
 賛同する農家から出資金を募り、木村社長と吉田専務は農協の退職金をつぎ込んで作ったのが、25年前の「モクモク」でした。
 「山の中の小さな工房という価値観で、手作りで手間暇かけて品質のいいものを作ろう。そうすれば、絶対売れる。」と信じて取り組みました。でもそれは、間違いでした。売れないのです。隣の売り場の大手のハムはどんどん売れているのに・・・・。半年で、倒産の危機に!木村社長と吉田専務は、途方に暮れてしまいました。
 そんな時、あることがきっかけで光が見えてきたのです。続きは次回で。
                                                                                                                                                                          「致知」より

2020年

11月

16日

十六団子の日(季節の行事)

   春の3月16日には、山も人里におりてきた田の神様を十六団子でおもてなしをします。11月16日(または10月16日)には、山に帰る田の神様に十六団子をお供えして。お見送りします。米粉で作った団子を16個お供えして、豊作を願い、行事食として家族でも食します。

                                                               参考資料「日本の二十四節気・七十二候」


2020年

11月

15日

11月15日は「かまぼこの日」

    1115年(永久3年)11月15日に、祝膳にかまぼこが初めて出されたことを記念して、「かまぼこの日」にしたそうです。昔は七五三の日に、子どもの成長を祝って、紅白のかまぼこを用意したことも設定の理由になりました。
 かまぼこは白身の魚をすり身にし、それを竹に塗りつけて焼き、その形や色が蒲(ガマ)の穂に似ていることからその名前がついたそうです。これが竹輪かまぼこの起こりで、その後、板つきかまぼこへと発展していきました。
 また、1982年(昭和57年)に日本昆布協会が、子どもたちに「こんぶ」を食べてもらって丈夫に育ってもらおうと、七五三のこの日を「こんぶの日」に設定しました。
                                                                                                                               参考資料「食の366日話題事典」より

 

2020年

11月

15日

11月15日は「七五三の日」

  11月15日は、「七五三の日」です。数え年で男の子は3歳と5歳、女の子は3歳と7歳の時に無事成長したことを祝って、神社にお参りする年中行事です。記念して写真を撮った思い出がある人もいるでしょう。また、七五三には、千歳飴(ちとせあめ)という長い棒のようなお祝いのアメを食べる習慣もあります。千歳飴が細く長いのは、親が子どもの長寿の願いを込めているからです。色も紅白で、松竹梅などの縁起の良い図案を描いた千歳飴袋に入れられています。江戸時代に浅草のアメ売りの七兵衛が売り出したと言われています。

2020年

11月

14日

11月13日は「牛乳営業取締規制を公布した日」

  1885年(明治18年)の11月13日は、警視庁が牛乳営業を取り締まるため、牛乳営業取締規則を公布した日です。内容は次の通りです。
①牛乳搾取の営業をしようとする者は、乳牛の頭数、産地を詳しく書いた申請書と牧場の図面を警視庁に提出し、許可を受けなければならない。
②牛乳販売の営業をしようとするも者は、その搾取営業者の住所や氏名を詳しく書いたものを所轄の警察署に申請し、許可を得なければならない。
③乳汁の容器は鉛や銅その他有害な物質を用いてはならない。
そのほかにも1日に1回以上清掃をしなければならない等、いろいろな取り決めがあったようです。
                     参考資料「食の366日話題事典」より

 

2020年

11月

14日

11月14日は「買い出しの非常体制が強化された日」

  1942年(昭和17年)の11月14日から非常体制が強化されて、買い出しが抑制されるようになってきました。買い出しは食糧不足が深刻化したこの頃から急増し、戦後の 1949年(昭和24年)頃まで続きました。買い出しにまつわる悲惨な事件や事故が続発しました。終戦直後の1945年(昭和20年)の10月下旬には東京都内から買い出しに行った人は、1日18万人と言われています。千葉・埼玉・神奈川の3県で買い出されたサツマイモは1800トン(一人当たり10キログラム)にのぼりました。
 また、1945年のこの日には、東京の日比谷公園で「ドングリを応用した食料子供会」が開かれました。
 好きなものを好きなだけ食べることができる今の時代では、想像もできないような食料状況だったんですね。
                    参考資料「食の366日話題事典」より

 

2020年

11月

14日

「ピーナッツの料理」

    ピーナッツは殻のまま、あるいは殻をとって、炒ったり、ゆでたりして食べます。また、炒った豆をすりつぶして食塩で味付けしてピーナッツバターにしたり、野菜の和えものに利用したりします。ピーナッツ豆腐やピーナッツ味噌にして食べることもあります。岩手県の「南部せんべい」や新潟県の「柿の種」などの焼き菓子にも利用されています。

                                                                         参考資料「食育歳時記」

2020年

11月

13日

「ピーナッツの成分」

   ピーナッツはリノール酸、オレイン酸など脂質をたくさん含んでいるので、カロリーの高い食品です。オレイン酸はコレステロールを下げる作用があります。そのため、生活習慣病予防の効果が期待できます。その他、タンパク質、ビタミンE、ビタミンB1、ミネラル、オリゴ糖など、豊富に含んでいます。

                                                                    参考資料「食育歳時記」

2020年

11月

13日

「鮭の料理」

   バター焼き、ホイル焼き、味噌漬け、フライ、ワイン蒸しなどいろいろに調理されています。焼いた鮭にレモン、すだちなどを添えたり、大根おろしを使うと美味しく食べられます。
 新鮮なものは刺身や鮨で食べますが、寄生虫のアニサキスがいることが多いので、加熱した方が安全です。最近は養殖の鮭も多くなりました。養殖の鮭はアニサキスが少ないと言われています。
 加工品としては新巻き鮭、塩鮭、燻製(スモークサーモン、水煮缶詰などがあります。塩味をつけた鮭の身をほぐしたフレークのおにぎりやお茶づけ、ふりかけなどは、子どもの大好物です。
                                                                         参考資料「食育歳時記」

2020年

11月

12日

「ピーナッツについて」

 ピーナッツは、南米ボリビア高地のグランチャコ地域を原産とするマメ科ラッカセイ属の1年草です。日本では夏に開花して受粉後、ツルが伸びて、地中に入り、80~90日で殻入りの実を結びます。そのため、落花生という名前になっています。実は地中から掘り出して、10日間ほど天日で乾燥します。この種子の部分を食用にします。
 ピーナツは南米で健康に良い食べ物として食べられていました。16世紀以降にヨーロッパに伝わり、全世界に広がっていきました。日本には1706年から1707年に掛けて、中国から伝わってきました。ただ、本格的に作り始めたのは明治に入ってからです。
 
                                                                          参考資料「食育歳時記」

2020年

11月

12日

「鮭の成分」

 鮭には、タンパク質、脂質(IPA、DHA)ビタミンD、E、B2やミネラルが豊富に含まれています。私たちの体細胞の更新に欠かせない核酸やタウリンが多いことも特徴です。このため、生活習慣病や老化防止、骨粗しょう症にも効果的です。

                                                                         参考資料「食育歳時記」

2020年

11月

12日

地始めて凍る(ち はじめて こおる)

   大地が凍り始めるという意味です。夜の間に急に気温が下がり、地面が凍ってしまうこのころ、この寒さでできるのが「霜柱」です。土の中の水分が凍ってできる霜柱は、夜の温度が0.3度くらいでできると言われています。それ以上寒くなると、地面が固く凍りすぎてしまい、霜柱が立たなくなるのです。

                                                               参考資料「日本の二十四節気・七十二候」

2020年

11月

11日

11月11日「チーズの日、ピーナッツの日、鮭の日、きりたんぽの日」

 今日は、さまざまな記念日になっています。「チーズの日」「ピーナッツの日」「鮭の日」「きりたんぽの日」などがあります。
 「チーズの日」になった訳は、朝廷が700年10月に諸国に蘇(そ)の製造を命じたことに由来しています。旧暦の10月は今の暦では11月に当たります。覚えやすいようにと11月11日にしました。チーズの歴史は古く、「旧約聖書」にも出てきます。みなさん、知っていますか。100グラムのチーズを作るのに約20倍の2000グラムの牛乳が必要だということを。
 「ピーナッツの日」は次のような由来があります。1つの殻に豆が双子のように入っていることから、ピーナッツの新豆が市場に出始める11月11日を「ピーナッツの日」と決めたそうです。
  「鮭の日」の由来は、鮭は魚へんに十一、十一と書くことから、11月11日となりました。
 「きりたんぱの日」については、次のような理由で決めたそうです。きりたんぽを囲炉裏(いろり)に立てた形が、1111に似ていることから11月11日を「きりたんぽ」の日にしたそうです。ところで「きりたんぽ」という名前の由来は、形が「稽古用の槍」の頭につける「たんぽ」に似ており、切って食べることから、その名がついたそうです。

              参考資料「食の366日話題事典」「食育歳時記」より

 

2020年

11月

11日

生きることは食べること、日本の食と農業を守りたい その3

 モクモク手作りファームは、木村社長と吉田専務の2人の農協職員が始めた事業です。農協時代は、吉田専務は獣医で、木村社長はブタ肉の販売をしていました。
 1971年(昭和46年)ブタ肉の輸入自由化が始まり、流通革命が起こりました。より安いブタ肉が流通し始め、安いブタ肉が売れるようになってきました。価格競争の時代になってきたのです。
 安心安全で、おいしいものを生活者の皆さんは求めているはずです。でも、生産者の現場では、ビジネスの視点で、より安く、より早く、効率のよさが最優先されるようになってきていました。そこで、大きな会社ではできない「自分たちを含めて、生活者の皆さんが食べたいブタ肉を作ろう」と思ったんです。
 そんなとき、『分衆の時代』という本に出会いました。それには次のようなことが書かれていました。「もう大衆の時代ではない。画一的な商品に大衆が満足する時代は終わった。多様な好みを持つ分衆に合わせ、その都度、商品を作っていく時代だ。」
 その記事を見て、それじゃあ、愛着ブランドを目指そうと思ったんです。地元の人に愛される、土着性の強いブランドです。同じブタを食べるなら、やっぱり伊賀のブタがいいと地元の人に支持されるブランドを作ろうと思ったんです。
 そこで、『伊賀豚』のブランドで大手スーパーに売り込みを始めたのですが・・・・。この続きは次回に。
                                                                                                                                                                    「 致 知」より


2020年

11月

10日

11月10日は「レーガン大統領を迎えた宮中晩餐会があった日」

   1983年(昭和58年)の今日、アメリカのレーガン大統領を迎え宮中晩餐会をしました。料理は、宮中のしきたり通りフランス料理です。メニューは次の通りでした。
○キノコのコンソメスープ
○ヒラメのワイン蒸し
○若鶏の燻製
○牛ヒレ肉のステーキ
○サラダ
○アイスクリーム
○メロン、ブドウ
○ワイン、日本酒などの飲み物
大統領はトマトが苦手だったので、トマト抜きのサラダでした。
                                                                                                                               参考資料「食の366日話題事典」より

2020年

11月

10日

 生きることは食べること、日本の食と農業を守りたい その2

  直営レストランが大阪の「あべのハルカス」の13階にオープンしました。このフロアにはいくつかのレストランが入っていますが、一番多くのお客さんに待ってもらう店だそうです。その秘密は?
 高齢者から子どもまで楽しめる店だからです。具体的に言うと「この店では、子どもが楽しめるように列車の模型を走らせたり、乳搾りを体験できる乳牛のオブジェを置いたりしています。また、直営農場から直送した野菜が並ぶサラダコーナーを設けたり、その場で焼いたパンやソーセージを提供するなど、本物の味を提供するビュッフェレストランだからです。」
 木村社長は、レストランも農業だと言います。1次産業である生産、2次産業である加工、3次産業であるレストラン運営や小売り販売、すべてが農業だと。そして、木村社長「1×2×3」で6次産業を目指そうと言っています。
 その活動の拠点になったのが、「伊賀の里 モクモク手作りファーム」です。敷地は全部で14ヘクタールあります。この山奥の里に、年間50万人以上の人が訪れます。今年で創立25周年を迎えます。25年前は何もなかったこの地に、なぜ、これだけの人が訪れるようになったのでしょうか。創業の原点から次回、お話ししたいと思います。
                          「致 知」より  

2020年

11月

09日

11月9日は「サツマイモ増産日本一が誕生した日」

   1946年(昭和21年)の今日、東京・北多摩で「サツマイモ増産日本一」の農家が誕生しました。反当たり約6トンの収穫があったそうです。この年の全国のサツマイモの反当たりの平均的な収穫が約1.5トンでした。
 全国のサツマイモの生産量は1946年(昭和21年)は、約550万トン。その後、生産量は増え続け1955年(昭和30年)には約700万トンになりました。このときがピークで、その後生産量は減り、平成に入ってからは約100万トンぐらいになっています。
                    参考資料「食の366日話題事典」より