理事長あいさつ

2020年

6月

11日

「学校給食再開」

                       公益財団法人徳島県学校給食会
                         理事長     多 田 耕 造

 令和2年度がスタートしました。皆さんの温かいご支援やご協力によって,本会はも公益財団法人として「安心安全な食材の提供」「安定供給」「食育教材の教材の開発と提供」等に力を入れて活動しております。

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理事長からのおすすめ情報

2020年

7月

06日

7月6日は「浅間山が大噴火した日」

  1783年のこの日に、浅間山が大噴火し、火山灰の影響などで冷夏になりました。稲作をはじめ作物の出来が悪く、天明の飢饉のきっかけになりました。特に奥羽地方は餓死者が数十万人と言われ、大変な状況でした。
                                    参考資料「食の366日話題事典」

2020年

7月

05日

7月5日は「穴子の日」

  7(な)5(ご)で穴子の「なご」の語呂合わせと、穴子が夏が旬であることから、この日に制定されました。穴子はウナギと同様にビタミンAやカルシウムが豊富で夏バテや食欲減退防止に効果的です。

2020年

7月

04日

7月4日は「梨(なし)の日」

   語呂合わせで、7(な)と4(し)から、この日が制定されました。なしの歴史は古く、弥生時代から食べられていました。なしの旬は、8月下旬から11月頃までで、シャリシャリとした食感が特徴です。
 なしは、沖縄を除く,日本各地で栽培されています。収穫量の第1位は、千葉県です。2位が茨城県、3位が鳥取県と続きます。
 鳥取県の「二十世紀梨」が有名ですが、現在は「幸水」や「豊水」といった品種が生産の中心です。日本のなしの他に「ラ・フランス」や「ル・レクチェ」「バートレート」などの西洋なしがあります。西洋なしは、東北地方や長野県などの涼しい気候の地方が生産の中心ですが、日本なしは、北海道南部から鹿児島県まで幅広く栽培されています。

2020年

7月

03日

7月3日は「ソフトクリームの日」

   1951年(昭和26年)のこの日に,明治神宮外苑で日本を占領していた連合軍のアメリカ軍がアメリカ独立記念日を祝うカーニバルでソフトクリームを販売しました。初めて一般の日本人がソフトクリームを食べた日です。
  この年の9月には百貨店で本格的に販売されるようになり、ソフトクリームの人気が出ました。日本ソフトクリーム協議会は1990年(平成2年)に、この7月3日を「ソフトクリームの日」に制定しました。

2020年

7月

03日

「半夏雨(はんげあめ)」

 半夏生(はんげしょう)の時期に降る雨は、その年の農作物の出来映えに大きな影響を与えます。夏至の日から11日目の半夏生の日に降る雨「半夏雨」とよび、昔はこの日の天候で、1年の豊作を占ったそうです。田植えを終えた水田から天国へと,田んぼの神様が上って言った後の雨が、半夏雨になったという言い伝えがあります。
                                                               参考資料「日本の二十四節気・七十二候」

2020年

7月

03日

新「納豆」(その3)

 大正時代になって納豆菌が純粋培養され,製品化が進むようになりました。1965年(昭和40年)代になって温度管理がきちんとできるようになって,大量に生産できるようになりました。容器も今のように,白いポリ容器が登場し,機械化されて生産されるようになってきました。納豆は菌が生きている食品なので,温度管理が大切なポイントになります。この条件がクリアできたので日本全国で食べられるようになりました。
                                                                       参考資料「食育歳時記」

2020年

7月

02日

「納豆」(その2)

   納豆は日本に伝えられたころはお寺でお坊さんが納豆を作り,檀家に配っていたそうです。やがて東日本(秋田県・宮城県・茨城県など)で過程でも作られるようになりました。
 昔は稲わらに納豆菌(枯草菌)がついているのを利用していました。煮た大豆をわらで包み保温して発酵させるという自然の力で作っていました。保温の方法は,地域によって様々な工夫がされ,その地方独特の納豆が作られるようになりました。
                                                                        参考資料「食育歳時記」

2020年

7月

01日

「納豆」(その1)

  健康によいとされて今は日本中で食べられている納豆のお話です。
 つい最近までは関東・東北・北海道・九州ではたくさん食べられていましたが、関西や四国ではあまり好まれていない食品でした。
   納豆は正式には「糸引納豆」という、蒸し煮した大豆に納豆菌を作用してできた発酵食品です。納豆は,754年に唐から鑑真和上が渡来した時に、その製法を日本の僧侶に伝えたとされています。「僧房の納所(なっしょ:台所)で作られた豆」から納豆という名前がついたそうです。
                                                                     参考資料「食育歳時記」

2020年

6月

30日

6月30日は「集団疎開の日」

  1944年(昭和19年)のこの日に、大都市の学童の安全を守るため、集団疎開をすることを決定しました。国民学校(小学校)3年生から6年生の子どもたちが対象になりました。東京の場合、親元を離れて東北地方に疎開しました。子どもたちの安全面だけでなく、都会では食糧難で、十分に食べることが出来なかった子どもたちの健康面も考えたからではないでしょうか。
                                                                      参考資料「食の366日話題事典」

2020年

6月

29日

6月29日は「佃煮の日」

   佃煮は、江戸・佃島の漁師さんたちが、湾内で採れる小魚を煮込んで保存食にしたのが始まりだと言われています。1646年6月29日は,佃煮と縁のある東京の佃島に住吉神社が造営された日です。この日にちなんで6月29日が「佃煮の日」に制定されました。

2020年

6月

28日

6月28日は「貿易記念日」

  1859年6月28日に、徳川幕府がアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、オランダの5カ国との間で結んだ友好通商条約に基づいて開港許可が出されました。その日を記念して、通産省が1963年(昭和38年)に制定しました。
 開港して、150年余りたち、今や貿易なしでは食生活について語れなくなりました。
                                                                         参考資料「食の366日話題事典」

2020年

6月

27日

6月27日は「ちらし寿司の日」

  ちらし寿司が誕生したのは、今から約350年前の江戸時代のころです。備前の国(今の岡山県)で大洪水があり、当時の藩主であった池田光政公は、人々に質素な生活を勧めるために、「食事や一汁一菜」という御触書を出しました。
 少しでも美味しい食事をとりたかった人々は、魚や野菜をご飯に混ぜこんで一菜として数えました。こうして生まれたが、ちらし寿司と言われています。
 このちらし寿司に縁が深い池田光政公の命日6月27日にちなんで、ちらし寿司の日にしたそうです。

2020年

6月

26日

6月26日は「雷記念日」

  930年のこの日に、平安京の清涼殿に雷が落ち、大納言の藤原清貫が亡くなりました。この雷は太宰府に左遷させられ、そこで亡くなった菅原道真のたたりだと言われました。このことから菅原道真は、雷の神様「天神」と同一視されるようになりました。

2020年

6月

25日

6月25日は「プリンの日」

   毎月、25日は「プリンの日」です。なぜ、プリンの日を25日にしたかというと「プリンを食べると思わすニッコリ」を合い言葉に、ニ(2)コリ(5)から、25日になったようです。

2020年

6月

24日

6月24日は「シカの日」

   毎月、第4火曜日は「シカの日」です。6月は24日になります。どうして第4火曜日なるのかというと、「4火=シカ」からきているらしいです。ここでいうシカ肉は「エゾシカ肉」です。一般家庭でもエゾシカ肉を新しい食材として食べてほしいという願いがこもっています。

2020年

6月

23日

6月23日は「松尾芭蕉がマクワウリの俳句を詠んだ日」

  1689年のこの日に、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅の途中で、出羽(山形県)の酒田で、次のようなマクワウリの俳句を詠みました。
 「初真桑四つに断たん輪に切らん」(おいしそうな初マクワ、さてこれを十文字に切ろうか、それとも輪切りにしようか)
 マクワウリは,昔から東北地方の農村では、間食として食べていました。
                                                                          考資料「食の366日話題事典」

2020年

6月

22日

6月22日は「田中ビワを作った田中芳男が亡くなった日」

   田中ビワは、田中芳男が1879年(明治12年)に長崎の茂木ビワの種を東京本郷の自宅で育成したものです。現在は,千葉県の房総半島の富浦町の傾斜地で栽培されていおり、「房州ビワ」と呼ばれています。
 ビワ作りに功績のあった田中芳男が亡くなったのが1916年(大正5年)のこの日でした。
                                                                         参考資料「食の366日話題事典」

2020年

6月

21日

6月21日は「20世紀梨の発見者、松戸覚之助が亡くなった日」

 1934年(昭和9年)のこの日、20世紀梨の発見者、松戸覚之助が亡くなった日です。59歳でした。最初は「青梨新太白」と命名されたが、この梨は、20世紀を代表する品種になるであろうという意味で、「20世紀」と命名されました。現在最も生産量の多い「幸水」も「20世紀梨」の血を引いています。
                                                                         参考資料「食の366日話題事典」

2020年

6月

20日

6月20日は「ペパーミントの日」

 ハッカが特産物の北海道北見市まちづくり研究会が1987年(昭和62年)に制定しました。「はっか(20日)」の語呂合わせです。6月は、北海道では一番さわやかな月だからです。
 ペパーミントは、シソ科ハッカ属の多年草です。和名はコショウハッカ、セイヨウハッカと呼ばれています。原産地はヨーロッパです。ハーブの一種で,独特のメントール臭があります。清涼感に加えて,抗アレルギー作用があることから、のど飴によく使われます。

2020年

6月

19日

6月19日は「玉川水道から汚れた水道水が流れた日」

 1933年(昭和8年)のこの頃に、東京・玉川水道から市内18万戸に汚れた水道水が流れた日です。その原因は腐敗した木製の水道管が原因でした。昔は、水道管に木製の物が使われていたんですね。お詫びとして料金を半額にしたそうです。
                                                                   参考資料「食の366日話題事典」

2020年

6月

19日

6月19日は「玉川水道から汚れた水道水が流れた日」

 1933年(昭和8年)のこの頃に、東京・玉川水道から市内18万戸に汚れた水道水が流れた日です。その原因は腐敗した木製の水道管が原因でした。昔は、水道管に木製の物が使われていたんですね。お詫びとして料金を半額にしたそうです。
                                                                   参考資料「食の366日話題事典」

2020年

6月

18日

6月18日は「おにぎりの日」

 日本最古のおにぎりの化石が発見された石川県鹿西町(ろくせいまち)(現在は中能登町)の「ろく」と、米の漢字は「十」と「八」に分解できることから,6月18日が「おにぎりの日」とされました。

2020年

6月

17日

6月17日は「献上ビワ選果式のあった日」

 1996年(平成8年)のこの日、天皇陛下に献上する房州ビワを決める選果式が千葉県で行われました。千葉県のビワ栽培は250年前に富浦町南無谷地区に始まったと言われています。大粒の「房州ビワ」の約7割は富浦町で栽培されています。品種には「田中ビワ」と「大房ビワ」があります。特に田中ビワは植物学の先駆者の田中芳男が改良を重ねて、1887年(明治20年)5月に結実したものです。
                                                                                        参考資料「食育歳時記」

2020年

6月

16日

6月16日は「和菓子の日」

 1979年(昭和54年)、全国和菓子協会が制定しました。848年のこの日に、仁明天皇が16個の菓子を神前に供えて、疫病退散と健康招福を祈願したことにちなんで決めたようです。
 和菓子の材料は砂糖、米、小麦、小豆など植物性のものが主で、タンパク質や食物繊維、ビタミン類,ミネラルを豊富に含み、西洋菓子に比べて脂質が少ないため、低カロリーでヘルシーな食品として、また、繊細な彩りや形の美しさ、季節感も感じられる芸術的なお菓子として海外でも高い評価と人気があり、広く受け入れられています。

2020年

6月

15日

6月15日は「米百俵デー」

   幕末から明治初期にかけて活躍した長岡藩士 小林虎三郎の教育にまつわる故事です。北越戦争で敗れた長岡藩は、7万4千石から2万4千石に減らされました。そのため藩士たちは,その日に食べるものにも苦労していました。その窮地を見かねた三根山藩から米百俵が贈られることになりました。
  「早く米を分けろ」といきり立つ藩士に向かって、小林虎三郎は言いました。
「この米を,1日か2日で食いつぶしたあと何が残るのだ。国がおこるのも、ほろびるのも,町が栄えるのも衰えるのも、ことごとく人である。この百俵の米をもとにして学校を建てたいのだ。この百俵は,後年には一万俵になるか、百万俵になるか計り知れない。その日暮らしでは,長岡藩は立ち直れない。新しい日本は生まれない。」

2020年

6月

13日

6月13日は「小さな親切運動のスタートの日」

   食には直接関係はありませんが、1963年(昭和38年)のこの日に「小さな親切」運動本部が発足しました。
   その年の東京大学の卒業式の話の中で、茅誠司総長が「小さな親切を勇気をもってやってほしい」と言ったことがきっかけになり、6月13日に茅氏を中心に8名の提唱者によって、この運動がスタートしました。「できる親切はみんなでしよう、それが社会の習慣となるように」「人を信じ,人を愛し、人に尽くす」というスローガンを掲げて運動が進められました。

2020年

6月

12日

6月12日は「宇高連絡船が就航した日」

   1910年(明治43年)のこの日に、宇野と高松間で連絡船が就航しました。この船で食べる「讃岐うどん」が大好評でした。瀬戸大橋の開通のため,1988年(昭和63年)4月9日に宇高連絡船終航式が行われて,78年間の歴史に幕が閉じられました。
 香川県では明治の終わりごろ,製めん機を使って,大量に生産されるようになりました。戦争中は米不足もあり、讃岐うどんは全国的に普及しました。香川県は「うどん県」と呼ばれているだけあって、日本一うどんが好きな県です。
                                                                        参考資料「食の366日話題事典」

2020年

6月

11日

6月11日は「米穀通帳が廃しされた日」

 1981年(昭和56年)のこの日に、食糧管理法が改正され、1941年(昭和16年)4月から40年にわたって続いてきた米穀購入通帳が廃止されました。それまでは、米の購入に当たっては、いちいち米穀通帳を持参しなければなりませんでした。年配の人は覚えていると思いましが、米不足の時に活躍した通帳です。米不足が解消され、逆に米が余るようになり、この通帳も使われなくなりました。それで,米穀通帳が廃止となりました。
                                                                  参考資料「食の366日話題事典」

2020年

6月

10日

6月10日は「日本で初めてミルクキャラメルが発売された日」

 1913年(大正2年)のこの日、森永製菓は日本で初めてのミルクキャラメルを販売しました。ばら売り80粒が40銭でした。秋から冬にかけてキャンペーンをおこない、名称に始めてキャラメルの頭にミルクという言葉をつけました。1914年(大正3年)3月の東京での博覧会で20粒入りの小箱が10銭で販売され、大好評でした。

2020年

6月

09日

6月9日は「初の1000トン級マグロまき網漁船日本丸が出港した日」

   1971年(昭和46年)のこの日、日本丸(999トン)が,太平洋東部及び大西洋での操業のため、静岡県清水港から出港しました。この船はアメリカのまき網漁業技術を導入して建造されたマグロまき網漁船です。最初はアメリカ人の指導者が乗っていました。
                                                                         参考資料「食の366日話題事典」

2020年

6月

08日

6月8日は「大鳴門橋開通記念日」

    食に関する記念日ではないのですが、徳島県に大いに関係する大鳴門橋に関する話です。この橋のおかげで、今まで淡路島へは船を利用していましたが、車で行くことができるようになり、物流もさかんになりました。1985年(昭和60年)の6月8日に徳島県鳴門市と淡路島の南淡町(今は南あわじ市)をつなぐ大鳴門橋が開通しました。橋の長さは1629mです。鳴門海峡は潮の流れも速く、霧が出たりして船でこの海峡を渡るのは大変でした。
 1998年(平成10年)4月5日には明石海峡大橋が完成し、本州とつながりました。

2020年

6月

07日

6月7日は「東京で牛乳搾乳のための牧畜の許可がおりた日」

  1873年(明治6年)東京市中での牛乳搾乳のための牧畜が公式に許可されました。現在は都心になっている築地、麹町、神田、麻布などの空いている大名や旗本の屋敷跡などが利用されました。牧場には牛乳店も開設されたようです。
                                                               参考資料「食の366日話題事典」

2020年

6月

06日

6月6日は「稽古(けいこ)始めの日」

 昔から、6月6日に子どものお稽古ごとを始めると、上手になると言われています。そのわけは、「6」の数字を指で数えると、6番目に小指が立つので「子ども(小指)が立つ」つまり「子どもが上手になる」と考えていたからです。
                                                                参考資料「日本の二十四節季・七十二候」

2020年

6月

04日

6月4日は「虫歯予防デー」

   (6)し(し)の語呂合わせから、この日が「虫歯予防デー」になっています。
この「虫歯予防デー」は定着し、学校や各種イベントなどで、虫歯予防に関する取り組みがなされています。
 虫歯の予防には、歯みがきの他に、食後にキシリトール入りのガムをかんだり、緑茶を飲んだりすることが効果的であると言われています。だ液がしっかり出るよう噛みごたえのある食材や食物繊維を多く含む野菜類をよく嚙んで食べたり、歯を丈夫にするカルシウムを積極的にとることも大切です。
 体全体が健康で体力があると細菌に対しての抵抗力が上がるため虫歯は出来にくくなります。日頃から食事を正しくとり,十分な睡眠を、適度な運動により体力を充実させておくことが虫歯予防の基本です。
                                                                             参考資料「食育歳時記」

2020年

6月

03日

6月3日は「学校給食法を公布した日」

 1954年(昭和29年)に、この学校給食法の制定によって、学校給食に対する国の方針が確立し、以後学校給食は急速な発展を示すことになりました。この法律で学校給食は、小学校教育の目的を実現するため、次の4つの目標を明らかにしました。
①日常生活における食事について、正しい理解と望ましい習慣を養うこと
②学校生活を豊かにし、明るい社交性を養うこと
③食生活の合理化、栄養の改善及び健康の増進を図ること
④食糧の生産、配分及び消費について,正しい理解に導くこと

2020年

6月

02日

6月2日は「横浜カレー記念日」

 1858年6月2日に締結された日米修好通商条約に基づいて、翌年のこの日から神奈川(横浜)が開港しました。この開港とともにカレーも日本に入ってきたので、この日を記念して、「横浜カレー記念日」としました。

2020年

6月

01日

6月1日は「世界牛乳の日」

  2001年(平成13年)、国連食糧農業機関(FAO)が牛乳への関心を高め、酪農・乳業の仕事を多くの人に知ってもらうために,6月1日を「世界牛乳の日」制定しました。日本では、これに合わせて2008年(平成20年)から,6月1日を「牛乳の日」,6月を「牛乳月間」としています。
 また、6月1日は「麦茶の日」でもあります。

2020年

5月

31日

5月31日は「不当表示の排除命令を出した日」

 1967年(昭和42年)のこの日,公正取引委員会は,レモン飲料6社に「レモンの入っていないレモン飲料は不当表示」として,不当表示防止法により排除命令を出しました。また,6月には乳分の少ないコーヒー牛乳やフルーツ牛乳に対して,「牛乳」と表示することを禁止しました。
                                                                        参考資料「食の366日話題事典」

2020年

5月

30日

5月30日は「上野のアメ横で手入れがあった日」

  1946年(昭和21年)のこの日,警視庁は,警官500人を動員して、東京・上野のヤミ市(アメ横)を手入れしました。押収品で一番多かったのは、ゴム靴,ついで石けん,タバコ,マッチでした。
                                                                       参考資料「食の366日話題事典」

2020年

5月

29日

5月28日は「阿部熊之輔が著わした「日本蜜柑」が展覧を賜った日」

   1904年(明治37年)のこの日,福岡県の阿部熊之輔が書いた日本で最初のミカンの専門書「日本蜜柑」を天皇陛下に見てもらいました。阿部熊之輔は明治21年から36年までの16年間,日本各地のミカン栽培地を訪ねて,詳しい調査を行いました。それをまとめたものが「日本蜜柑」です。果樹栽培の技術指導や農村青年の育成にも力を注ぎました。
                                                                        参考資料「食の366日話題事典」

2020年

5月

29日

5月29日は「こんにゃくの日」

   1989年(平成元年)、日本こんにゃく協会と生産団体が制定しました。5(こ)2(に)9(く)で「こんにゃく」と読ませる語呂合わせです。
 こんにゃくは江戸時代の後期ごろから庶民に広がりました。常陸国(現在の茨城県)の中島藤右衛門が「こんにゃくいも」を粉にして保存する方法を発明し,こんにゃくの専売を行っていた水戸藩の財政を助けました。この功績により藩の蒟蒻(こんにゃく)会所の会頭に抜擢されました。
 こんにゃくの主成分はこんにゃくマンナン(グリコマンナン)で,現在はこれをもとにした健康食品がたくさん出回っています。

2020年

5月

27日

5月27日は「小松菜の日」

   堺市で小松菜を生産する「しものファーム」が2006年(平成18年)に制定しました。5(こ)2(つー)7(な)で「こまつな」の語呂合わせでこの日になりました。
   江戸時代初期に現在の東京都江戸川区小松川付近で栽培されていました。将軍吉宗の鷹狩りの際に献上され,そのときに地名から「小松菜」と名付けられたと言われています。 

2020年

5月

26日

5月26日は「生卵を飲んだ声楽家・三浦環が亡くなった日」

 1946年(昭和21年)のこの日,国際的に活躍していたオペラ歌手の三浦環(みうら たまき)が亡くなりました。世界各地で歌劇「お蝶婦人」に出演し,その回数は2千回に及んだそうです。
  「あなたの美しい声は何を召し上がって出るのですか。」と尋ねられたとき,「第1幕に出る前に生卵を2つ飲み,次の幕のときも2つ飲み,最後の幕のときも2つ飲みます。」と答えたそうです。
                                                                        参考資料「食の366日話題事典」

2020年

5月

25日

5月25日は「食堂車の日」

 1899年(明治32年)のこの日,私鉄山陽鉄道(現在の山陽線)の急行列車,京都~三田尻(山口)間に日本で初めて食堂車を連結し,洋食を車内で調理し販売しました。列車は揺れましたが,珍しさもあって,好評でした。値段は洋食1等70銭(現在の値段で7000円ぐらい)2等50銭(5000円ぐらい)3等35銭(3500円ぐらい)だったそうです。一般市民としては高価なものでした。東海道線の急行に食堂車が登場したのは,2年後の1901年(明治34年)12月1日でした。
                                                                       参考資料「食の366日話題事典」

2020年

5月

24日

5月24日は「仙台味噌を広めた伊達正宗が亡くなった日」

   伊達正宗は1636年のこの日に亡くなりました。70歳でした。「仙台味噌」は,米こうじを使用した赤味噌です。味は辛く、日持ちがします。
 朝鮮出兵の時(1592年)に、仙台藩の味噌が変質しなかったことから,仙台味噌が有名になりました。また、江戸藩邸でも製造され,一般市民にも払い下げられたため、その名が市中に広まりました。
 また、5月24日は「伊達巻の日」でもあります。伊達巻きの由来は次の3つの説があります。
①伊達政宗の好物だったことから伊達巻と呼ばれるようになったという説
②普通の卵焼きよりも味も見栄えも豪華なために、洒落て凝っている装いを意味する「伊達もの」から伊達巻と呼ぶようになったという説
③女性用の和服に使われる伊達巻きに似ていることからこう呼ぶようになったという説
                                                                        参考資料「食の366日話題事典」

2020年

5月

23日

5月23日は「おみおつけが大好きだった片山哲が首相に指名された日」

 戦後、初めての革新政権が誕生しましたが、わずか8か月で総辞職をしました。片山哲首相は,食べ物の中で一番好きだったのが「おみおつけ」だったそうです。また、片山首相の弁当は有名で、アルミの弁当箱、セルロイドの箸箱、ご飯の上に炒り卵があったりして、かわいいお弁当だったそうです。
                                                      参考資料「食の366日話題事典」

2020年

5月

22日

5月22日は「キャベツが暴落した日」

 1974年(昭和49年),東京で史上最高値をつけたキャベツの小売価格が、わずか1か月半で、13分の1の1キロ約25円に暴落しました。それは、前年の秋から天候が不順だったので入荷が減っていましたが、天候が回復して作柄がよくなったことと連休中に料理店などが買溜めしていたため、市場の買い気が弱まったことなどが暴落の原因だと言われています。

                                                   参考資料「食の366日話題事典」

2020年

5月

21日

5月21日は「日本で初めて小学校が開校した日」

 1869年(明治2年)5月21日に日本初の近代小学校として上京第二十七番組小学校(のちの柳池(りゅうち)小学校)の開校式が行われました。
 当時の京都には,上京・下京のそれぞれに番組(学区)という行政区画が置かれていました。そして番組ごとに小学校が創設されたので、〇〇番組小学校と呼ばれていました。
 建設に当たっては町民が多くの寄付や献金をしたり、私財を投じたり、町民の心意気があらわれました。その結果、地域が一丸となって学校建設がどんどん進められ、64あるすべての番組小学校は、国が学区制を定める3年も前に、その精神を先取りして開校しました。
 柳池小学校(もと上京第二十七番小学校)は、戦後の新学制によって、柳池中学校になりました。その中学校の正門横には「日本最初の小学校」と記された石碑が建っています。町の人たちの教育にかける情熱を感じます。

2020年

5月

19日

5月19日は「クレープの日」

 毎月19日は「シュークリームの日」「クレープの日」「松坂牛の日」そして「食育の日」といろいろあります。その中で,今回は「クレープの日」を取り上げます。
  クレープは、パンケーキの一種で、フランス北西部のブルターニュ地方が発祥の料理です。元になったのは、そば粉で作った薄いパンケーキのガレットという料理です。
  ブルターニュ地方は土地がやせていて気候も冷涼であるために,小麦の栽培が困難で,そばが常食でした。古くは、そば粥やそばがきにして食べていましたが、あるとき、そば粥を偶然、焼けた石の上に落としたところ薄いパン状に焼き上がることを発見しました。それで、そば粉を焼いてパンの代わりに食べるようになりました。石で焼いていたことから、小石を意味するガレから「ガレット」と呼ばれるようになりました。
 ルイ13世の妻のアンヌ王妃が「ガレット」を気に入り、宮廷料理に取り入れるようななりました。その後、そばの代わりに小麦が使われるようになり、粉と水と塩のみであった生地に牛乳やバター、鶏卵、砂糖などを加えるようになりました。名称も焼いたときのできる焦げ模様がちりめんを連想させることからクレープ(絹のような)と呼ばれるようになりました。

2020年

5月

18日

5月18日は「18リットル缶の日」

   全国18リットル缶工業組合連合会が制定しました。
 18リットル缶は(一斗缶)は,以前は「5ガロン缶」と呼ばれていました。その呼び名を18リットル缶に統一しました。それを記念して,5ガロン缶の5と,18リットル缶の18から,5月18日を「18リットル缶の日」としました。
                      参考資料「食の366日話題事典」